初めての海外旅行での大失敗。②
続き。
飛行機に乗り遅れた私たちはどうして良いのかもわからず、途方に暮れていると、空港スタッフの方から、「あなたたちは今「外国」にいることになっている」(出国検査ゲートを通過しているので)なので、「出国を取り消さなければならない。」と。
空港内の小部屋に連れていかれると輪ゴムで縛ってうずたかく積まれた紙片の山が。
その日1日に成田空港から出国した人たちの「出入国カード」の「出国済み」の部分何万枚かがそこにあり、係の人曰く、「この中に、あなたたちが記入したものがあるから探してください。」と。
当時は今のようにICパスポート、ICゲートがあるわけではなくアナログ。分割式の出入国カードを記入し、片方は出国時に渡しもう一方は帰国時に入国検査ゲートで渡す。という方法で出入国を管理していました。私たちは出国したことになっているので「出国済」を機械で登録する前に取り消さないといけないので、自分が記入したカードを「自分で探して」ということでした。
空港からは解放されましたが、ツアーはどうなるのか??
とりあえず手配をしてくれた会社に連絡。交渉の末、「同じ行程を一日ずらす」「変更・追加料金なし」でOKをもらい一安心。
この人生初の旅行目的地は中国・北京。
今では考えられませんが、1986年当時日本人にとって中国はまだ未開の地。現在の北朝鮮と同じような状況で、直行便もなく、誰でも気軽に行ける場所ではありませんでした。当時北京に行くためには香港に行き、ブローカーの手を借りて「日本国籍を持つ華僑」が「北京の親戚に会いに行く」という手続きを行い、国境といくつかの検問を通過し、深圳(中国)に入国し、広州駅から一般の寝台列車で「数日かけて」行く。という方法しかありませんでした。
初の海外旅行がなぜ中国?北京?についてはさらに続く‥。
飛行機に乗り遅れた私たちはどうして良いのかもわからず、途方に暮れていると、空港スタッフの方から、「あなたたちは今「外国」にいることになっている」(出国検査ゲートを通過しているので)なので、「出国を取り消さなければならない。」と。
空港内の小部屋に連れていかれると輪ゴムで縛ってうずたかく積まれた紙片の山が。
その日1日に成田空港から出国した人たちの「出入国カード」の「出国済み」の部分何万枚かがそこにあり、係の人曰く、「この中に、あなたたちが記入したものがあるから探してください。」と。
当時は今のようにICパスポート、ICゲートがあるわけではなくアナログ。分割式の出入国カードを記入し、片方は出国時に渡しもう一方は帰国時に入国検査ゲートで渡す。という方法で出入国を管理していました。私たちは出国したことになっているので「出国済」を機械で登録する前に取り消さないといけないので、自分が記入したカードを「自分で探して」ということでした。
その後、1時間程度をかけて数万枚の紙片の山から自分たちが記入したものを見つけ
やっと空港の外に出ることができました。どこをどう通ったかはほとんど覚えていないのですが、出国カードが積まれた小部屋は今でも鮮明に記憶にあります。空港からは解放されましたが、ツアーはどうなるのか??
とりあえず手配をしてくれた会社に連絡。交渉の末、「同じ行程を一日ずらす」「変更・追加料金なし」でOKをもらい一安心。
この人生初の旅行目的地は中国・北京。
今では考えられませんが、1986年当時日本人にとって中国はまだ未開の地。現在の北朝鮮と同じような状況で、直行便もなく、誰でも気軽に行ける場所ではありませんでした。当時北京に行くためには香港に行き、ブローカーの手を借りて「日本国籍を持つ華僑」が「北京の親戚に会いに行く」という手続きを行い、国境といくつかの検問を通過し、深圳(中国)に入国し、広州駅から一般の寝台列車で「数日かけて」行く。という方法しかありませんでした。
初の海外旅行がなぜ中国?北京?についてはさらに続く‥。


コメント
コメントを投稿